澤田組沿革 ~15年目の節目を迎えて~

澤田組の沿革平成6年に澤田千明(現社長)が厳父より後を継ぎ澤田組の経営に従事したのが現在の澤田組の始まりです。
今でこそ安定した経営基盤を築き、元請のお客様をはじめ関係各社から仕事を任せて頂けるようになりましたが、そこに至るまでの道なりは決して平坦ではなく、道路を作るようには行きませんでした。

ですがその山あり谷ありの経験が今の澤田組の硬い基礎を作ったのも事実です。
その時の経験が、その時の苦味も甘さも交えた経験が貴重な澤田組の財産です。

そんな澤田組の沿革を澤田千明の思い出話とともに改めて振り返ってみたいと思います。

平成13年 有限会社澤田組設立 澤田千明大きな野望を胸に秘め法人スタート

澤田社長平成13年2月26日、亡き父の築いた36年間の個人営業の澤田組を閉じ、有限会社澤田組をスタートしました(37歳)。
法人化は僕の三大目標の一つでした。
平成5年(当時29歳)から父の後を継ぎ、仕事を続けていたらお客様から『将来を見据えて若い者達のためにも法人化を目指しなさい!』とのアドバイスをずっと考えていて、ようやく決心をした年です!
当時10代からともに苦労をしてきた3人と夢をめざし語った事を思い出します。

平成15年 一歩づつ歩みを重ねる 万里の城も一歩から

社員スタートして初めての仕事も多く、毎日が修行のような日々を続けていました。
当時、仕事を依頼して下さっていたお客様にもそれなりに不安があったと思います。
それでも未熟者の私達の『やる気と諦めない気持ち』、この思いが伝わり見守ってくれていた事に感謝しています。
今思うと、この頃のガッツが現在の自分達を支えていて、後の経営理念に自然と出たと思います。

平成16年 挫折を経験するも不屈の魂で跳ね返す 不撓不屈は我に有り

澤田社長法人化してから弊社への仕事を仲介していた会社の破産に伴い、経営的に大きなダメージを受けました。
毎月の未回収の工事代金も溜り、社員の給与・支払先への振込だけを考えることで精一杯でした。
私的な蓄えも目減りし、娘達の(長女・次女二人とも)受験・進学も重なり、本当に苦しい年でした。
泣いてる暇はありません。
社員の顔を見ると、『くよくよしていても始まらない。とにかく動こう!』と新規のお客様を求め慣れない営業へ出かけて行っていました。
結果も少しづつ現われて、人員も増え改めて闘志を持った年でした(40歳)。

平成18年 社員の成長に目を細める 大きくなれよ!

工事写真弊社も社員が少し増え、スーパーゼネコンの2次下請けの位置まで来ることができました。
社員のスキルもやる気に比例しお客様からも信頼を得られるようになり、僅かながら安定し始めて来ました。
地元(当時山武町)の指名にも入り、貢献ができるようになったのもこの年です。
この年は大きな転換期だと思います。
元請になる事の難しさを知り、浮ついた考えでは経営していけないと考えさせられました。
その中で経理担当者(実の妹)の協力は欠かせません。
社長が現場バカなので、かなり苦労をしたと思います。
彼女の社員・会社を思う気持が彼等にも伝わり、みんな愚痴も溢さず努力してくれたことはあり難いと思います。
この年に左足の膝の手術を経験し始めて入院をしました。
身体に不安を持った年です(42歳)。

平成19年 株式会社澤田組へ 自分の進むべき道が確信に変わる

道路写真とにかくハードな年だったと思い出します。
法人化して初めての税務調査が入ったことを思い出します。
初めての経験だったので、勉強不足もあり結構な授業料を収めました(苦笑)。
奈良の結婚がこの年にありました。
その事をきっかけではありませんが、前年から勧められていた『株式会社化』を決断しました。
どうせならロゴマークも作りたい! デザイナーに依頼して納得するまで時間を掛け作成しました。 弊社のイメージカラーはブルーらしいです!
以前仲介業者から受けていた仕事も地道な営業の効果か、直接の依頼に前年から変わり始めて来ました。
何よりの営業は、弊社の現場での工事が営業になりリピート率が多くなったことだと思います。
今でもその考えは継続しています。

平成20年 第2の転換期 乗る波が見えてきたぞ

建築現場写真この年に現在の主力メンバーが集まりだしました。
今思うと不思議な縁です! 後に彼等がこれだけ活躍するとは当時思っていませんでした(苦笑)。
お客様も固定化され、公共工事・民間工事と幅広く施工することが出来て当時の日報を見直すと、県内を飛び回り、夜間工事もやっていた当時を『流石!』だと思いました。
安定した供給に甘えず、澤田組らしく貢献して行く形を社員も分かって来たと思います。
この年が第2の転換期です。
ここまで7年掛かりましたがよく頑張りましたね!(44歳)

平成22年 夢を持ち、努力の連続! 野望実現へ!

建築現場写真ハローワークを通じて新卒者を初めて採用して、毎年学校訪問へ行き出す最初の年でした。
慣れない面接を行い、こっちが汗をかいていた事を思い出します。
第1号として採用した飯田は現在も頑張り、職長を目指すところまでになり嬉しく思います。
信頼も確実なものとなり、年間大小混ぜ30箇所以上の工事を施工するようになりました。
お客様をリピーターにする事を目標にしていたので、確実に結果が現われてきました。
三大目標の二つ目も見えて来たぞ!(46歳)

平成24年 新社屋完成! 本格的な組織作りへ

花見この年に現在の社屋が完成し移転をしました。
今までのプレハブとは違い、社員全員が自分の机を持ちデスク仕事も出来る様になりました。
これが三大目標の二つ目です。
また一つ達成できたことが嬉しかった事を思い出します。
48歳、人生50年と織田信長が言っていましたが、僕はもう一つの目標をやるまでは絶対頑張るぞ!と気合を入れた事を思い出します。
この年に『経営理念』を作りました。
以前から社員が仕事をして行く中で『核』になる事を考えようと思っていたのと、前年の『東日本大震災』の影響も有りました。
組織としての考え方を共有する事の大切さ『絆』が必要と思いました。
『澤田組 災害防止安全協議会』をスタートしたのもこの年です。
人材育成をメインに勉強して行こうと始めました。
これが三つ目の目標です。
先は長く結果はすぐには現われませんが、本当にやりたかったことです!  

平成28年 澤田組次へのステージへ

外構工事写真2年前に右膝の手術をし、現場に出て仕事する事が減り自分自身悩みました。
社員にも不安があり影響が出るかと心配しましたが、マメに現場に行き声を掛ける事を続けていたら、各自が考えて行動するようになり結果が数字に表れてきました。
今の悩みは仕事を順調に進めていますが、人材不足です!
新卒者の採用はありますが、定着率がわるく一向に増えて行きません。
お客様からの依頼に応えるため、派遣の方達の協力を得て現在進めています。
それでも将来を考えて行く中で、絶対にやらねばならないことが人材確保とその人材を育成する事だと思います。
企業として存続を目指すなら欠かせません! 簡単な事では無いのは十分分ります。
今の自分達に出来る事は何か?と考えました。
受け入れる側の体制を作ることだと思い、そのためにも利益を上げ、存続するのは当然ですが、社員一人一人が真剣に考え行動する事だと思います。
その行動が結果をだすのは間違いないと信じています。
必ずチーム澤田は出来ます。 そのチーム澤田が、社員・その家族、お客様・地域を幸せにします。
29歳~現在52歳、23年間走り続けてきました。 長いようで早かったです。
次のステージの形が出来たらバトンタッチができて存続も可能です。
皆さんもう少し付き合って下さい。

そして見ていて下さい。

平成28年3月24日 澤田組代表取締役社長 澤田 千明